元離宮二条城の見どころを紹介しています。 実際の見学順路と同じコースで、御覧いただけます。
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世界遺産登録 元離宮ニ条城


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  ・入城時間   8:45 〜 16:00 (閉城17:00)
  ・二の丸御殿  9:00 〜 16:00
  ・休城日
     12月26日〜1月4日、7月、8月、12月、1月の毎週火曜日
                             (休日の場合は翌日)

二条城 最寄の宿泊施設

京都全日空ホテル 京都国際ホテル

表示板より

 東大手門を入り、正面に表示板があります。
 慶長6年(1601年)、徳川家康の命により、奉行板倉勝重が差配、市中の多数の労役者の力により着工され、翌年3月に完成した。
 京都の守護と上洛の際の宿所がその目的で、二条新御所などと呼ばれ、はじめは小規模のものであった。 家康の征夷大将軍の拝賀および二代秀忠の将軍宣下は、この二条城で行なわれた。
 その後も造営は続けられ、伏見城の遺構をここに移し、寛永3年(1626)、三代将軍家光が、ここに後水尾天皇を迎えた頃、その規模はもっとも拡大され、五層の天守閣もそなえていた。 しかし、寛永3年(1750)、雷火のため天守閣を焼失、また、天明8年(1788)には、市中の大火にあい、本丸殿舎、櫓の多くを焼失した。
 文久3年(1863)、十四代将軍家茂が入城、攘夷の実行を誓い、また、慶応3年(1867)には、十五代将軍慶喜が、この城中で大政奉還を決意し、上表の使者を出している。
 明治4年、二の丸内に京都府庁が設置され、明治17年宮内省に属し、二条離宮と改称、明治26、7年には、本丸御殿跡に京都御所にあった桂宮御殿が移築され、本丸御殿と呼称されている。 昭和14年(1939)、京都市の所有に移り、史跡に指定された。
 城溝は、平城で、本丸・二の丸の二部よりなり、周囲には幅13mないし17mの濠をめぐらし、東西約480m、南北360mあり、国宝二の丸御殿をはじめ、台所・御清所・東南・西南両隅櫓、東・北大手門・土蔵・本丸御殿などの重要文化財がある。(表示板より)

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posted by 二条城 城主 at 14:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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